38歳で運命の出会い
高齢喪女からの逆転
統合失調症を克服して社会復帰し、婚活を経て最高の夫と結婚した女のブログ
40代夫婦の日常

祖母の告別式

2月15日。告別式。

朝8時半に両親と弟が車でやってきたので、娘と私同乗して、祖母宅に向かいました。

祖母宅は都内です。高速に入るまでの道がすごい混みようだったそうで、下道で向かいました。

距離的にはどうやら実家までよりも近いみたい。ただ都内だから所要時間は長くなります。

両親たちは祖母宅で着替えていました。私は、13日に買った黒のニットワンピを家から着てきていました。

そういえば、持ってた喪服入らなくて、買いに行ったけどスーツ系全然入らなくてびっくりでしたよね。

15号の服すら入らなくてね。どんだけ。

鏡見てそんなに太ってないつもりでいたんですけど、初めて現実を知った。

タクシーを呼んで、告別式の会場へ。

今はタクシーってアプリで呼んだ方がいいらしいですね。電話が繋がらなくて、急遽弟がアプリ落としてそっちから頼まないと来てくれなかった。都内だからですかね?

会場にはもちろん親戚が勢揃い。みんな娘をだっこしたがって帰ってこなかったので、私は自由にしていました。

式が始まったら、私がだっこひもを着けてだっこしてました。

異様な雰囲気のせいか、ぐずぐずする娘。私は端っこの席に座って、ぐずったら壁際で立ってあやしていました。

お焼香が終わると、母が娘を連れ出して、受付のところにいる従姉の旦那に預けてきたようです。

初七日も一緒にやるので、もう一度焼香を済ませたあとに私も会場を出て、娘を連れて控え室で授乳。

そうしてると、お別れの儀に呼ばれたので、娘も連れて行きました。

ここでもだっこしてるから行っといでと親戚の間を渡り歩く娘。

みんなの「かわいい~」「よく笑うね~」「愛想がいいね~」の声が聞こえる中、私は最期のお別れに。

祖母はとても綺麗な顔でした。今にも動き出しそう。

面倒見のいい人だったので、参列者の中には恩を感じている人がたくさんいて、98歳の大往生にも関わらず、号泣している人いっぱいでした。

私も涙が止まりませんでした。

大人になってからは、母から姑の言動を色々聞かされて、うわそういう人だったのか…と思うことはありましたが、私にとっては最初から最後まで優しいおばあちゃんでした。

出棺には立ち会わずにミルクの続きをあげ、それでも飲ませ終えることができなかったのですが、そのまま車に乗って火葬場へ。

骨がとてもしっかりしていたそうです。肉魚嫌いな人で野菜の煮物しか食べてなかったのにね。それでよく生きたよね。

火葬場からもう一度告別式会場に戻って、16時。

始まったのが11時で、みんなお昼を食べそびれています。料理が用意されていて、ようやく食事が出来る、とみんな思ったのですが、坊さんがここでお経を上げるとのこと。

マジカヨ。

祖父の時と同じ坊さんなんですが、前はそんなことなかったはず。

みんなうんざりしながら聞いていたので、後でこの時の会話をしたときの坊さんの呼称がクソ坊主になってしまいましたです。

しかも「本当はここで一言話をするんですが時間がないのでこの辺で」とか言ってたので、もっと長くするつもりだったんかい~!!って全員内心つっこんだよね。

いやはや。

で、食事終わって祖母宅に行ったのが18時くらい。

子、孫、ひ孫たちでしばらく思い出話に花を咲かせ、それから父母弟と一緒に実家に行きました。

16日は実家の方の精神科に行く予定だったので、実家に泊まることにしていたのでした。

帰ってきてどっと疲れましたね。

家族以外は娘を見るのが初めてだったのですが、一度に色んな人に紹介できて良かったです。

そういう場を作ってくれたのかなおばあちゃん。

大勢の人が来るところに連れて行かない方がいいのかなとちょっと悩んだけど、連れて行ってよかった。

私もちゃんとお別れできて良かった。会わずに終わりだったらきっと一生後悔したよね。

祖母は8人兄弟で下の弟は幼くして亡くなっているのでほぼ末っ子のように育ったそうです。

今はみんな天国にいるから、久しぶりに集まって賑やかにしているかもね。

残念ながら、夫である祖父のことは嫌いだったみたいなんですよね。仲良くはしてないでしょうね。

子供3人、孫5人、ひ孫7人に恵まれてきっと幸せだったと思います。

私もあの人の孫で幸せでした。

娘を会わせてあげられなかったのは心残りですが、仕方ないですね。いつか向こうで会いましょう。

 

それではまた!

 

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