38歳で運命の出会い
高齢喪女からの逆転
統合失調症を克服して社会復帰し、婚活を経て最高の夫と結婚した女のブログ
喪女の過去、婚活

統合失調症によるひきこもりからの回復 精神障害者福祉作業所へ

統合失調症になったのは22歳の時。

その後はこの病気の典型パターンでひきこもりになりました。

何年か、本当に一日家を出ない生活で、毎日パジャマですごしていましたが、回復に向かうきっかけになったのは、主治医の「一番近い電柱まででいいから外に出て。玄関のドアを開けるだけでもいいよ」という言葉でした。

私は自分で言うのも何ですが、とても素直なので、それを実行しようと思いました。

それに、自分が電柱までも出られない人間だということを目の当たりにして、なにくそと思うところもあったような気がします。

 

散歩開始

私は、電柱までではなく、一番近いドラッグストアまで散歩に行こうと決めました。

ドラッグストアまでは徒歩15分くらいでしょうか。

そんなに苦痛ではなかったです。新しい一歩を踏み出した感じはありました。

行き先がドラッグストアなので、母が毎回「○○買ってきて」と言ってくれるので、自分も役に立てている、と思うことが出来ました。

そこからの回復は早かったです。 散歩で外に出られるようになった私は、人と接したいと思うようになりました。

散歩の途中にある喫茶店によって、ママさんと話したりするようになりました。 でもママさんは、事情も知らずに「働かないの?」と言ってくる人だったので、すぐに行かなくなりました。

それでも人と接したかったので、主治医に相談すると、デイケアと作業所という手があることを教えてくれました。

 

デイケアは嫌だった 福祉作業所へ

私はすぐにデイケアに見学に行ってみました。

行った日はちょうど話し合いをしていて、ホワイトボードに意見を書き出す書記係の人を、他のメンバーが責めているように見えました。

こんなところには行けない、と私は思いました。

次に作業所に行ってみました。

そこは、ビーズで自主製品を作っている作業所で、試しに教わりながらやってみたら、とても楽しかった。

ここにしよう! と入所決定。 すぐに通うことになりました。

最初は週二。 細かい作業が得意な私には、ビーズはとても向いていました。

一人で大量の作品を作って、悦に入っていました。

この頃、趣味もビーズになり、家でもやるようになりました。

 

働きたい!と思うように

作業所は一応工賃というものが発生するのですが、これがとても少なくて、一ヶ月千円いかないくらいの微々たるものでした。

私はもっとお金が欲しくなりました。

あと、他の人より確実に多く製品を作っているのに、お金が少ないことを不満に思うようにもなっていきました。

とっても傲慢な話ですが、作業所に通っている他の精神障害者を見ていて、「自分はこの人たちと同じレベルなのか…」と思うようにもなりました。

何も出来ないのは仕方ないとしても、本当にやる気がなくて、イライラすることは多々あった。

最低と思うかもしれませんが、正直に書かせていただきますね。

まぁやる気がないのも病気のせいなんで、単純に、私がここに通うことで劇的に回復したために、他の病気真っ最中の人がもどかしく見えただけなんですけどね。

ビーズで色々作れたことで、もしかしたら普通の仕事も出来るんじゃないか? と自信もつき始めていました。

職探し開始

この作業所はやめて働こう! と決意しました。 その後ハローワークにも登録して、結局見つけた仕事は新聞折り込み広告の求人からだったのですが、ちょうど良く一日4時間の事務の仕事に就きました。

その後、フルタイムパートになり、パートなのに10時間勤務週休1日の仕事させられたり、色々ありましたが、その辺の詳しいところはまた別の機会に。

今一番いいところに落ち着いた感じがしますが、ここまで回復したのはいい精神障害者作業所に出会えたからです。

リハビリって必要ですね。

それではまた!

にほんブログ村 主婦日記ブログ 40代主婦へ にほんブログ村